| 研究課題名 | ハワイ日本人移民女性の社会史-移民体験によるジェンダー観の変容過程を中心に |
| レコードタイプ | 研究実績報告 |
| 報告年度 | 2005 |
| 研究期間 | 2004-2005 |
| 研究課題番号 | 04J06485 |
| 研究代表者 | 宮本 なつき (ミヤモト ナツキ) 九州大学・大学院・比較社会文化研究院・特別研究員(PD) |
| 研究機関 | 九州大学 研究機関番号:17102 |
| 研究種目 | 特別研究員奨励費 研究種目コード:500 |
| 審査区分 | 国内 区分コード:21 |
| 研究分野[3] | ジェンダー 研究分野コード:2701 |
| キーワード | 日本人移民 / ハワイ / 労働運動 / ジェンダー観 / アメリカ合衆国 / オーラル・ヒストリー / 女性 |
| 研究概要 | 昨年度行ったハワイへの調査で収集した1920年のオアフ島第二次ストライキに関する史料を用いて、これまで労働史研究では、「女性も存在した」と付属的で、労働運動においてもスープキッチン運営や罷工労働者の受入れなど補助的な役割しかしていなかったように捉えられてきたが、女性労働者も男性と同様積極的に労働運動に参加したこと、そして参加を求められてもいたことを明らかにした。1900年頃から女性も労働運動にかかわってきたが、それまでは女性労働者の明確な要求賃金すら言及されていなかったのに対して、1920年の増給運動では、男性同様女性の要求賃金も明記され、産前産後の有給休暇も含まれていた。これは、日本人移民社会全体が女性労働者の存在及び砂糖黍産業発展に貢献したことを認めていたことと、アメリカ化運動が浸透するに連れ、女性は賃金労働者として家計に貢献するよりも、家事や育児に専念するべきというアメリカ的価値観に基づいた家庭像が日本人移民社会にも浸透しつつあったことも影響していた。 労働運動に積極的にかかわっていた女性たちの姿は、ただ家族のために働いたのではなく、労働を通して、また労働運動を通して自らの行動範囲を広げ、ハワイ砂糖黍産業の発展に貢献した一労働者であることの自覚へと繋がったと考えている。 また、昨年度の調査時に、ハワイ日本人移民研究家であるカワカミ氏が行ったオーラル・ヒストリー・インタビューのテープをコピーさせて頂いたものを書き起こした。これらテープは、カワカミ氏が1980年代に一世女性を対象に行ったもので、必ずしもジェンダー観の変容に焦点を当てたものではないが、これまでは従順・受動的と捉えられてきた彼女たちの語りから、語り手と家族及びコミュニティとの関係、様々な問題に対する葛藤や抵抗、戦略、限られた選択肢の中で問題を解決しようとするたくましさや積極的な適応性について考察した。 |